ことなかれブログ2 「いや、無理」

『デブは甘え』と言いますが、一概にそうとは言い切れません。両親から受け継いだ強力な染色体が、ダイエットや食事制限などには決して屈しない、屈強な肥満児を作り上げている場合もあるからです。私の肥満は甘えです。ことなかれ二等兵と申します。

 

 5週間ぶりです。だいぶ涼しくなり、肥満児に優しい季節になって参りました。

 子どもの頃に比べると、何だか秋とか春とか、心地いい季節が短くなったように思います。それが事実なのか、それとも『心地いい』と感じる感性が壊死してしまっているのか分かりませんが、春夏夏夏夏秋冬冬冬冬ぐらいな勢いである気がします。

 

 春とか秋とか、こういった心地いい季節には遠足やバスツアーなどが増えますね。

 私も高校時代、妻籠宿から馬籠宿の間の山道、約8キロを歩くという苦行じみた遠足に行きました。ですが、山道とはいえ舗装された道ですから比較的歩きやすく、木々の隙間から差し込む穏やかな陽の光と、爽やかな青々しい空気を楽しむ余裕はあったわけです。

 当時の私は肥満児でしたが(というより生まれてきてからずっと肥満児ですが)、数ヶ月前まで中学で剣道部員をやっており、高校入学からも自転車通学をしていたため、体力にはやや自信がありました。なので、山登りをしに来たとは思えないド派手な格好をした男女達が次々とバテていくのを横目に、妻籠宿の山道を、ワンダーフォーゲル部の友人とガツガツと歩いていきました。

 それにしても周囲のコミュニケーション能力には驚かされます。まだ入学して2週間も経っていないというのに、友達グループが、ましてや男女入り乱れた友達グループが、いくつもできているではありませんか。私とワンダーフォーゲル部の友人など、

「一緒に……行く……?」

「あっ……。う、うん……」

 という非常に品性溢れるおしとやかなやり取りを経て、ようやく一緒に行くことになったぐらいだというのに。

「もーマジ疲れたしぃ」「ちょっとここで休んでかね?」「っていうか俺まだ○○ちゃんのメアド聞いてねぇわ。教えてよ」「今日帰ったらみんなでカラオケ行こうぜ」

 という雑念溢れる会話が聞こえてきましたが、私と友人は修行僧さながらの無心を貫き、黙々と目の前の憎憎しい距離を、菩薩のような気持ちで一歩一歩削っていきました。

 

 さて、いくら元剣道部員といえども現役の肥満児。すぐに体力の限界が来ます。体力がないんじゃないんです。人より多くの罰(脂肪)を背負って生きているから疲れてしまうのです。

 目の前にはほぼ壁のような凄まじい階段が立ちはだかります。友人が地図を見るところによれば、この坂がラストスパートとのことでした。おいおい勘弁してくれよと思う私の前を、友人はワンダーフォーゲル部で鍛えた健脚でずんずんと登っていきます。

 ここで私が「もーマジ疲れたしぃ☆」と弱音を吐いても一人なので、仕方なく登り始めました。

 足がぐだぐだと重くなってきて、何でこんなことしてるんだろう、そもそも自分はいったい何のために生まれてきたんだろう、とか考え始めてきた時のこと、いきなり、

「――あっぶ」

 背負っていたリュックが、ずっしりと重くなり、後方へ引っ張られました。

 疲れていた足が体を支えることができず、体が後方へふわっと浮きます。このままだと菩薩を通り越して仏になってしまう、と、ない腹筋に力を入れて無理矢理体勢を元に戻しました。

 ふぅ、と一息吐いて、リュックが重くなった原因を振り返って見ます。

 何かがしがみ付いていました。

 忘れもしません、右手で私のカバンをがっしり掴み、肩で荒い呼吸をしながらうなだれ、顔は見えませんでしたが、髪の長さからかろうじて女の子であることは分かりました。

なかなかに恐ろしい光景でしたが、何せ相手は女の子です。思春期真っ盛りボーイにシチュエーションなど関係ありません。菩薩は一瞬にして煩悩の波に埋もれ、その波の中から俗世の思春期ボーイが姿を現しました。

「ど、どうしたの?」

 恐る恐る声をかけてみます。

「もう、無理」

 と、女の子が顔を上げました。なかなかに可愛い顔をしていたのを覚えています。この時点で菩薩は跡形もなく消滅しました。

「上まで連れてって……」

 そこで、なるほどと合点がいきました。この子はただ単に疲れただけで、楽をしようと偶然前にいた私にしがみ付いたわけでした。ここでようやく前を歩いていたワンダーフォーゲル部の友人が気が付き、不思議そうな顔をしましたが、さすが菩薩、すべて(私の煩悩も含む)を悟ったようでまた黙々と登っていきました。

 ただでさえ疲れているところに追い討ちをかけるような重荷ですが、そこは思春期ボーイ、まるで疲れを感じさせない見事な足取りでがつがつと登っていきます。ついには友人と並び、友人を抜き去るほどの速さでした。

 さて、長かった階段もついに終わりを迎え、改めて女の子を見ます。疲れているのか紅潮していますが肌は白く、大人っぽい顔付きをしていたのを覚えています。しかも、制服から察するに他校の生徒のようです。

 煩悩が炸裂した私は彼女に言いました。

「メルアド教えてよ!」

「いや、無理」

「oh」

 ノータイムでした。

 驚くほどのノータイム『いや、無理』でした。女の子は、彼女の後ろにいた友人達と、何事もなかったかのようにすたすたと歩き去っていきました。

 しばらく呆然と立ち尽くしていた私に見かねたのか、友人が「行こうか」と静かに声をかけてきました。

 思春期ボーイは心を酷くやられて死に絶え、その死骸から菩薩が生まれました。

 こうして、妻籠宿から馬籠宿の、長い8キロの旅は終わりを告げたのでした。

 

 行楽なんてするもんじゃないですね。食欲の秋ですし、家でおとなしく色々食べてます。こうして背負う罰(脂肪)が増える。

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